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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)3976号 判決 1975年3月28日

原告

株式会社横江機械製作所

右代表者

横江正治

右訴訟代理人弁護士

岡本拓

外二名

右輔佐人弁理士

林清明

被告

宮崎鉄工株式会社

右代表者

宮崎二良

右訴訟代理人弁護士

本間崇

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告

「被告は別紙イ号物件説明書および同写真が示す線材錆取り装置並びに別紙ロ号物件説明書および同図面に記載の線材錆取り装置の各製造、販売および販売のための展示を行なつてはならない。

訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言

二、被告

主文第一、二項同旨の判決

第二  請求原因

一、原告は次の登録実用新案権(以下「本件登録実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という)の専用実施権者である。

出願人(考案者) 横江正治

考案の名称 線材の錆取り装置

登録番号 第九七五四五七号

設定登録日 昭和四七年九月八日

出願番号 昭四三―四九四一二号

出願日 昭和四三年六月一一日

出願公告番号 昭四七―四八九六号

出願公告日 昭和四七年二月二一日

登録実用新案権者 横江正治

専用実施権設定日 昭和四八年八月一〇日

範囲 全部

専用実施権設定登録日 同年同月一一日

実用新案登録請求の範囲

「回転軸によつて回転せられるワイヤブラシの摺擦周面を線材の進行方向に対し交叉する如く対接させ、かつこれが線材の進行方向に対して逆方向に回転するように設置したことを特徴とする線材の錆取装置」<中略>

四(一)  被告は業として別紙イ号物件説明書および同写真が示す線材錆取り装置(以下「イ号装置」という)を製造、販売していたものであり、また別紙ロ号物件説明書および同図面に記載の線材錆取り装置(以下「ロ号装置」という)を製造、販売している。

(二)  イ号装置の構造は本件考案と全く同一であるから、これを製造、販売する被告の行為は、原告の本件専用実施権を侵害するものである。

尤も、被告が現在イ号装置を製造、販売しているわけではないが、昭和四九年六月行なわれた九州地区における被告製品の公開実験の場において、被告会社の説明者は近い将来再び逆回転の錆取り装置を製造する旨述べており、将来再び被告がイ号装置を製造、販売して原告の本件専用実施権を侵害するおそれがある。

(三)  ロ号装置においては、そのワイヤブラシの回転方向が線材の進行方向に対し順回転となつており、この点本件考案におけるワイヤブラシの回転方向と反対になつているが、モーターは順逆いずれの方向にも回転するものであるから、被告がロ号装置のワイヤブラシの回転方向を順回転のものとして販売しても購入者がこれを逆回転させて使用することも可能であつて、ロ号装置も錆取り装置としては本件考案と同一のものといわなければならない。仮にそうでないとしても、ワイヤブラシの回転方向を順逆いずれにせよ、線材の進行速度とワイヤブラシの回転速度の調整により、両者同様の錆取り効果を果し得るのであり且つ本件考案におけるワイヤブラシの回転方向を反対にして本件考案と同様の錆取り効果を果すことは当業者にとつて容易に推考しうるものであるから、ロ号装置においてワイヤブラシの摺擦周囲を線材の進行方向に対し順回転させる構成は本件考案においてワイヤブラシの摺擦周面を線材の進行方向に対し逆回転させる構成と均等といわなければならない。<中略>

第三  請求原因に対する被告の認否<中略>

四(一) 請求原因四の(一)の事実のうち、被告がかつてイ号装置を製造、販売したことは認めるが、昭和四八年八月一日以降は製造、販売していない。その余の事実を認める。

(二) 請求原因四の(二)事実のうち、イ号装置が請求原因二において原告の主張する構成要件を具備していること並びに昭和四九年七月一〇日九州機械伸鉄株式会社において「MD―LW九州地方公開テスト」名下に被告会社ほか八社が参加して見学会が催されたことは認めるが、被告会社の説明者が近い将来再び逆回転の錆取り装置を製造する旨述べたことおよび被告が将来再びイ号装置を製造、販売するおそれのあることを否認する。

(三) 請求原因四の(三)の事実を争う。<以下略>

理由

一原告が本件登録実用新案権につき昭和四八年八月一〇日範囲を全部とする専用実施権の設定を受け、同月一一日設定登録を経た専用実施権者であり、本件登録実用新案の出願者が横江正治、出願日が昭和四三年(一九六八)六月一一日、公告日が昭和四七年(一九七二)二月二一日(昭四七―四八九六号)、設定登録日が昭和四七年九月八日(第九七五四五七号)で、実用新案登録請求の範囲の記載が、「回転軸によつて回転せられるワイヤブラシの摺擦周面を線材の進行方向に対し交叉する如く対接させ、かつこれが線材の進行方向に対して逆方向に回転するように設置したことを特徴とする線材の錆取装置」

であること、被告が業として昭和四八年八月一日以前に別紙に記載のイ号装置を製造、販売していたこと並びに目下ロ号装置を製造、販売していること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二本件考案は、その登録請求の範囲の記載によれば、つぎの二つの特徴を構成要件とするものであると認められる。

(1)  回転軸によつて回転せられるワイヤブラシの摺擦周面を線材の進行方向に対し交叉する如く対接させること

(2)  右ワイヤブラシをその摺擦周面が線材の進行方向に対し逆方向に回転するよう設置すること

三原告は右(1)の要件の「交叉」とは約一〇度の傾斜角度で交叉させることを謂い、その点が本件考案の特に新規な考案の主要部である旨主張するので考察する。

なるほど、本件登録実用新案公報によると、その考案の詳細な説明の項に、

「このブラシ7はその摺擦周面7aを線材の進行方向に対し約一〇度傾斜させて、線材に対接させ、……」(一頁右欄上から二行目以下)、

「ワイヤブラシ7の摺擦周面7aは線材1の進行方向に対し約一〇度傾斜して回転するからワイヤブラシ7の摺擦周面7aを線材1に対して平行に対接させる場合のように摺擦周面7aが局部的に磨耗凹陥することなくほぼ均一に磨耗するのである。」(同欄上から一〇行目以下)と記載されている。

しかし、右「考案の詳細な説明」中の記載は本件考案の実施例として、ブラシの摺擦周面を線材の後進行方向に対し約一〇度傾斜して対接させたものを示し、このようにすると、ブラシの摺擦周面を線材と平行に対接させた場合のように摺擦周面が局部的に磨耗凹陥することがなく、ほぼ均一に磨耗できると説明しているに過ぎない。そして、成立に争いのない乙第二号証の、ケーブルを清掃する機構、特に固定設置されたケーブルあるいは類似物の著しい汚れを清掃するのに用いられるケーブルの小型清掃機構に関する発明のアメリカ特許第三、二七四、六三三号(一九六六年九月二七日特許)の公報によると、その第五欄上から二四行目以下に、「図示されるように、モーターアーム(52)の先端はケーブル(c)の軸に対してXなる角度で軸(54)から斜めに外側に伸びている。この角度はまたブラシ(48)かケーブルに対接される角度を表わしている。」と説明し、図面にはXの角度としておおよそ一五度位の傾斜角度を示しているので、本件登録実用新案の出願前に既にアメリカにおいて頒布されたと認むべき右公報の記載に鑑みると、本件実用新案出願時本件考案において、ブラシの摺擦周面7aを線材の進行方向に対し約一〇度傾斜きせて対接させる点に特に意味がありその角度に新規性ありと到底認めることができない。そして本件登録実用新案の登録請求の範囲には、右角度についてはなんら触れず、単に「交叉する如く対接させ」と記載してあるだけであるから、右「交叉」とは平行にするのではなく、交叉させて対接させることを意味し、その角度についてはなんら特定しない趣旨にに解すべきである。したがつて、原告の右主張は採用することができない。

四別紙ロ号物件説明書および図面によると、被告が目下製造、販売しているロ号装置は、ワイヤブラシの摺擦周面の回転方向が線材の進行方向に対し「順方向」であつて、本件考案の登録請求の範囲の記載におけるそれが「逆方向」であるのと異る。その余の点においては両者は一致する。

原告は、右回転方向は順逆いずれの方向であつても、錆取りの作用効果において差異はなく、その方向を「逆方向」になるように設置すると記載された本件登録実用新案について開示があれば、当業者においてこれを順方向に変換して実施することは極めて容易であるから、ワイヤブラシをその摺擦周面が線材の進行方向に対し順方向に回転するように設置することは本件考案における(2)の要件たるワイヤブラシをその摺擦周面が線材の進行方向に対し逆方向に回転するよう設置することと均等の技術である旨主張する。

しかしながら、本件登録実用新案の出願時、線材の伸線加工の前加工工程に使用する線材の錆取り装置として、線材を一定方向に進行せしめ、回転軸によつて回転せられるワイヤブラシにより右線材を摺擦するにあたり、ワイヤブラシを、その摺擦周面が線材の進行方向に対し逆方向あるいは必要に応じ順方向に回転するよう対接させることは公知の技術思想であつたことは、原告の自認するところであり、この技術は成立に争いのない乙第一号証のアメリカ特許第二、九〇七、一五一号(一九五九年一〇月六日特許)の公報や前顕乙第二号証のアメリカ特許第三、二七四、六三三号にも示されているところである。

そうすると、本件登録実用新案の登録請求の範囲に記載の特徴事項は、その出願時における技術水準に照らし、なんら新規な事項を含んでいないといわなければならない。そうだとすれば、本件実用新案の開示は業界に対しなんら教示するところがなく、寄与するところもない。

このような実用新案にあつては、その権利範囲は登録請求の範囲に記載された装置にとどまり、その構成要件の一部を均等な事項と置換した装置がたとえ作用効果において同一であり、その置換が当業者において推考容易であるとしても、これについてその登録実用新案権の効力は及ばないと解すべきである。

そうすると、ロ号装置は本件登録実用新案権の権利範囲に属さないといわなければならない。

五つぎに被告がかつて製造、販売したことがあるイ号装置はその説明書および図面の記載によると、本件登録実用新案の登録請求の範囲の記載の特徴をすべて具えていると認められる。

原告はロ号装置をイ号装置に改造することは極めて容易であり、被告がかつてイ号装置を製造、販売していた事実並びにロ号装置をイ号装置に容易に改造し得るという事実から被告において将来またイ号装置を製造、販売するおそれが十分あると主張する。

被告においてかつてイ号装置を製造、販売していた事実は当事者間に争いのないところであるがこのことから直ちに被告がロ号装置を近くイ号装置に改造し、あるいは新規にイ号装置を製造、販売するおそれがあるとは断じ難く、またこれを肯認すべき証拠はなく、ロ号装置からイ号装置に改造が容易であることを考慮に入れても、右原告の主張は認めることができない。

六以上の次第で、イ号装置については被告が将来これを製造、販売および販売のため展示するおそれありとは認められず、またロ号装置については本件登録実用新案権の権利範囲に属するものと認められず、従つて被告のロ号装置の製造、販売および販売のための展示行為が原告の本件専用実施権を侵害するものということができないから、原告の被告に対する本訴各請求をいずれも理由がないものとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(大江健次郎 小林茂雄 香山高秀)

イ、ロ号物件説明書<省略>

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